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東京地方裁判所 平成9年(ワ)23109号 判決

原告

藤本彬

右訴訟代理人弁護士

大野聖二

那須健人

被告

株式会社ニユーロン

右代表者代表取締役

岡雄二郎

右訴訟代理人弁護士

吉原省三

小松勉

松本操

三輪拓也

尾崎英男

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一  原告の請求

一  被告は、別紙一「物件目録一」及び同二「物件目録二」記載の各カードリーダー(以下、それぞれを「被告製品一」、「被告製品二」といい、両者を「被告製品」と総称する。)を、アメリカ合衆国(以下「米国」という。)に輸出する目的で、我が国で製造してはならない。

二  被告は、我が国で製造した被告製品を米国に輸出してはならない。

三  被告は、子会社その他に、米国において被告製品の販売又は販売の申出をするよう、我が国で誘導してはならない。

四  被告は、我が国において占有する被告製品を廃棄せよ。

五  被告は、原告に対し、一億八〇〇〇万円及びこれに対する平成九年一一月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、米国の特許権を有する原告が、被告に対し、被告が被告製品を製造し米国に輸出するなどの行為が原告の米国特許権の侵害に当たると主張して、米国特許権に基づき、右行為の差止め及び被告製品の廃棄並びに損害賠償を求めている事案である。

原告が本件において差止めの対象とし、また、損害賠償の原因として主張する被告の行為は、すべて日本国内の行為である。

一  争いのない事実

1  原告は、次の米国特許権(以下「本件米国特許権」という。)を有している。

(一) 発明の名称 FM信号復調装置

(二) 出願年月日 一九八三年(昭和五八年)六月二二日

(三) 出願番号 第五〇六八三一号

(四) 登録年月日 一九八五年(昭和六〇年)九月一〇日

(五) 特許番号 第四五四〇九四七号

2  本件米国特許権の特許請求の範囲1項の記載は、次のとおりである(これに記載された発明を、以下「本件米国特許発明」という。)。

「FM方式にて変調されたデジタル信号の復調を目的とする装置において、

連続するクロックパルス列を発生させる手段と、

該発生手段に接続して、前記の連続するクロックパルスのうち三番目のパルスを削除して、削除済みパルスを作出するパルス削除手段と、

デジタルFM信号を受信し、該発生手段に接続して、該デジタルFM信号の立上り、立下りに対応するデータエッジパルス及びクロックエッジパルスを含んだ多数のエッジパルスを発生させるエッジパルス発生手段と、

該クロックエッジパルスの各一個を所定時間遅延させて遅延クロックエッジパルスを作出する手段と、

該遅延手段及び該パルス削除手段に接続して、該削除済みパルスを計数し、該遅延クロックエッジパルスのうちの一個と同期に計数を開始し、該クロックエッジパルスの次の一個の到着と同時に計数を終了する第一の計数器と、

該第一の計数器に接続して、計数された削除済みパルスの補数を形成する補数手段と、

該発生手段と該遅延手段と該補数手段に接続して、連続するクロックパルスに対応して“1”及び“0”の補数を計数する第二の計数器と、

該第二の計数器に接続して、該第二の計数器がすべて“1”である状態を検出する検出手段と、

該遅延手段に接続してFM復調に同期化するマスクの始期と終期を設定し、該マスクの始期を、該クロックエッジパルスの一つによりセットされるときに始め、リセットされるときに終える第一のフリップフロップ手段と、

該第一のフリップフロップ手段と該エッジパルス発生器と該検出手段に接続して、第一のフリップフロップ手段がセットされたときと検出手段がすべて“1”を検出したときとの間に得られたデータエッジパルスのうちの一個と同期化して、復調したデジタル出力を供給し、該第一のフリップフロップ手段をリセットする信号を発生させる第二のフリップフロップ手段と、

該第一のフリップフロップ手段と該エッジパルス発生器と該遅延手段に接続して、該遅延手段にクロックエッジパルスに対応するエッジパルスのみを供給するゲート手段」

3(一)  被告は、昭和六一年ころから平成三年ころまで、被告製品一を日本国内で製造し、米国に輸出していた。

(二)  被告製品一の構成は、別紙一「物件目録一」記載のとおりである。

(三)  被告製品一は、本件米国特許発明の構成要件をすべて充足する。

4(一)  被告は、平成四年ころから、被告製品二を製造し、販売している。

(二)  被告製品二の構成は、別紙二「物件目録二」記載のとおりである(ただし、右目録中に下線を付した部分を除く。下線を付した部分のうち、3頁二一行目の「検出手段の一部を構成する」、4頁一一行目の「複数のカウンタ回路、」、5頁七及び八行目の「検出手段を構成す」並びに9頁二一行目の「検出手段の一部を構成する」については、原告は被告製品二が右記載の構成を有すると主張するのに対し、被告はこれを削除すべきであると主張している。また、12頁一八行目の「補数p」、13頁三行目の「コンプリメンタリ・バイナリ・値p」及び14頁一二行目の「補数q」につき、被告は、それぞれ「補数」、「コンプリメンタリ・バイナリ値」及び「補数」と訂正すべきであると主張している。)。

二  争点及び当事者の主張(主要な争点は、1及び2である。)

1  米国特許法に基づいて、日本国内における被告の行為の差止め及び被告製品の廃棄を求めることができるか。

(原告の主張)

本件は、米国特許権に基づく請求であり、被告製品の本件米国特許権の構成要件充足性及び米国内における直接侵害(被告又はその子会社等による被告製品の販売行為等)の有無が審理の対象となるから、渉外的要素を含んでおり、我が国の国際私法により準拠法を決定すべきである。

特許権に基づく差止め及び廃棄請求には法例に明文の規定はないが、国際私法の一般的な解釈として、法例に規定されていない法律関係については、類似する法律関係について規定した条項を類推適用するか又は条理により連結点を定めて準拠法を決定するという手法が取られている。本件は特許権に基づく差止等の請求であり、特許権は登録により発生する排他的独占権であるから、その効力の問題は当該特許権を付与した国が最も密接関連性を有する。したがって、本件においては米国特許法が準拠法となる。

これに対し、被告は、属地主義の原則を根拠として後述のとおり主張するが、本件で問題になっているのは、米国内での直接侵害に関連する間接侵害が外国で行われている場合にこれを米国特許法上違法とできるかどうかであり、属地主義の適用を当然の前提にして、その枠内で自国の特許権の効力をどこまで広げられるかの問題であるから、属地主義の原則によって米国特許法が日本国内の行為に適用されないということはできない。

そして、被告が日本国内で被告製品を製造し、米国に輸出し、子会社等に販売又はその申出をするよう誘導する行為は、米国特許法二七一条(b)項(積極的誘導)及び(c)項(寄与侵害)に該当するものであり、これらの行為は、米国特許法上、属地的制約を受けず、直接侵害が米国でされれば、世界中どこで行われようと、米国特許権の侵害となるとされている。

また、米国特許法二八三条は、特許権が侵害された場合における救済として、裁判所は差止めを命じ得ることを定めており、その具体的な内容として、特許権を侵害する物品の廃棄請求を命ずることができるとされている。

したがって、原告は被告に対し、米国に輸出する目的で被告製品を日本国内で製造すること、我が国で製造した被告製品を米国に輸出すること、及び子会社その他をして米国において被告製品の販売又は販売の申出をするように我が国で誘導することの差止め、並びに我が国において占有する被告製品の廃棄を求める。

(被告の主張)

特許法を初めとする工業所有権法については、権利の効力がその国の領域内においてのみ認められるという属地主義が採られているから、日本国内の行為について米国特許法が適用されることはない。

なお、米国特許法がその効力を他国における行為に及ぶと定めることは、米国の主権の範囲内の問題であり、米国の裁判所が他の国での行為について差止め又は損害賠償を命じ得るとしても、他の国で裁判がされる場合にも米国法が当然に適用されるということにはならない。我が国の裁判所は、認定する事実に対し直接外国法を適用することはできず、米国特許法を適用するためは法例の根拠を要するところ、本件では日本国内の行為のみが問題となっており、渉外的要素がないから、法例適用の余地はない。また、仮に渉外的要素があるとしても、差止請求について適用又は類推適用すべき法例の条文はないから、被告の行為に米国特許法を適用する根拠はない。

さらに、仮に日本の裁判所が米国特許法を適用するとした場合でも、公益的見地からの制約が存在するのであり、我が国の特許法は国外の行為に対する請求を認めておらず、米国との間で互いに特許権を認めるという相互主義の取決めもないのであるから、米国特許法の域外適用を認める結果になる法律適用を行うべきではない。

したがって、日本国内の被告の行為について米国特許法は適用されず、米国特許権の侵害を理由とする請求は認められない。

2  被告の日本国内における行為が米国特許権を侵害することを理由として、損害賠償を求めることができるか。

(原告の主張)

本件の被侵害法益は米国特許権であり、渉外的要素を有しているから、我が国の法例により準拠法が決定されるべきであり、被告の行為が我が国の法律上違法かどうかという問題は、法例により定められる不法行為の準拠法上、被告の行為が不法行為に該当するかという問題である。

また、特許権を始めとする工業所有権の侵害については、法例一一条一項にいう不法行為の解釈を問題とするまでもなく、その保護国法を準拠法とすることに争いはないから、本件では米国法が準拠法となる。そして、被告の行為は、我が国の行為に対しても適用される米国特許法の二七一条(b)項の積極的誘導及び同条(c)項の寄与侵害に該当するから、不法行為となる。

よって、原告は被告に対し、被告による本件米国特許権の侵害行為により原告が被った損害の一部である一億八〇〇〇万円及びこれに対する不法行為の後である平成九年一一月七日(訴状送達の翌日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(被告の主張)

本件の損害賠償請求は、日本国内の行為に関するものであるから、国際私法の問題ではなく、被告の行為が我が国の法律上違法かという問題に帰する。そして、日本国内の行為に米国特許法が適用されることはないから、被告の行為は権利侵害(違法性)を欠き、不法行為となるものではない。

仮に、国際私法の問題になるとしても、法例一一条一項によって行為地法である日本国法が準拠法となるから、米国特許法が適用される余地はなく、被告の行為は不法行為とならない。

3  被告製品一につき、差止めの利益があるか。

(被告の主張)

被告は、平成五年以降、被告製品一を製造・輸出しておらず、また、今後製造・輸出する予定もないから、原告の差止請求は理由がない。

4  被告製品二が本件米国特許発明の技術的範囲に属するか。

(原告の主張)

被告製品二は、本件米国特許発明の構成要件をすべて充足し、その技術的範囲に属する。

5  本件米国特許権が無効か。

(被告の主張)

本件米国特許権の出願より前に、エス・アール・デー株式会社が米国内で本件米国特許発明の実施品であるFM信号復調装置を販売していたから、出願当時の米国特許法一〇四条、一〇二条(a)項により、本件米国特許権は無効である。

(原告の反論)

本件米国特許発明の実施品は、その出願後に販売されたものであるから、本件米国特許権に無効事由は存しない。また、エス・アール・デーの販売行為は本件米国特許発明に起因するものであって、米国特許法一〇二条(a)項は適用されないから、被告の主張は全く意味を有しない。

6  被告が職務発明による通常実施権を有するか。

(被告の主張)

本件米国特許発明は原告がエス・アール・デーの職務として発明したものであり、同社は職務発明による通常実施権(特許法三五条)を有していた。そして、被告は、同社から事業と共にこれを承継したから、本件米国特許権について実施権を有する。本件では日本で発明が行われ、使用者と発明者の関係も日本における問題であるから、職務発明に関する法律関係の準拠法は日本法である。

(原告の反論)

米国特許権には我が国の特許法は適用されず、被告の主張は失当である。

7  原告の損害賠償請求権が時効により消滅しているか。

(被告の主張)

本件訴訟の提起日(平成九年一〇月二九日)からさかのぼって三年以上前の損害賠償請求権は消滅時効期間が経過しているので、被告はこの時効を援用する。

なお、不当利得に関しても、米国法は適用されないし、仮にその適用があるとしても、実施料の不払が不当利得となることはない。

(原告の反論)

平成四年に被告が原告に対して本件米国特許権の移転登録手続を求める訴訟を我が国において提起したため、原告は特許権侵害を主張できない環境下に置かれていた。したがって、消滅時効の起算日は早くとも右事件について我が国で最高裁判決が下された平成七年一月二四日であり、消滅時効は成立しない。

仮に、本件米国特許権侵害による損害賠償請求権の一部につき消滅時効が成立するとしても、原告の損害と同額の利益が法律上の原因なく被告に帰属しているから、この部分に関しては、原告は被告に対し、予備的に、不当利得返還請求権に基づいて、その利得の返還及びこれに対する支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

8  本件米国特許権に対応する日本国特許権を被告が有していることを理由として、被告の実施行為を適法ということができるか。

(被告の主張)

被告は、本件米国特許権と同一の発明に係る日本国特許権(特許番号第一七七六八五四号)の特許権者である。そして、仮に被告製品が本件米国特許発明の実施品であるならば、これは右日本国特許権の実施品でもあることになるから、被告の行為は右日本国特許権の行使として適法である。

(原告の反論)

本件は米国特許権の侵害に関するものであり、被告が我が国の特許権を有していることかどうかは全く関係がない。

9  原告の損害の額はいくらか。

(原告の主張)

米国特許法二八四条一項には、「請求者に有利な認定に基づいて、裁判所は、その侵害を補填するのに十分な賠償額を裁定しなければならない。ただし、その賠償額は、いかなる場合においても、侵害者による発明の実施に対する適正な実施料に、裁判所が定めた利息及び費用を加えた額を下回ってはならない。」と規定されている。

そして、本訴提起前の六年間の被告製品の年間売上高は少なくとも五億円であり、実施料相当額はその六パーセントであるから、被告の行為により原告が受けた損害の額は少なくとも一億八〇〇〇万円である。

第三  争点に対する判断

一  争点1(米国特許権に基づく差止め及び廃棄請求の可否)について

1  原告の差止め及び廃棄請求は、日本国内における被告の行為が米国特許権の侵害に当たることを理由とするものである。

まず、本件の差止め及び廃棄請求は、我が国に住所を有する日本人と我が国に本店を有する日本法人との間での、同法人の我が国の国内の行為に関する請求であるが、米国特許権に基づく請求であるという点において渉外的要素を含むので、どの国の法律を準拠法とすべきか(特許権に基づく差止め及び廃棄請求の法性決定)が問題となる。この点に関しては、法例等の我が国の法律に準拠法の定めがある場合には、その規定に従うこととなるが、特許権に基づく差止め及び廃棄請求の準拠法に関しては法例等に直接の定めがない。また、特許権に基づく差止め及び廃棄請求は、特許権の排他的効力の現れであり、各国の法制上このような請求が認められるかどうかの点を含めて特許権の効力の問題と考えるべきであるから、これを不法行為の問題と性質決定して法例一一条一項によるべきものと解するのも妥当ではない。特許権の効力の準拠法に関しても法例等に直接の定めがなく、類推適用すべき規定があるともいえない。したがって、特許権に基づく差止め及び廃棄請求の準拠法については、正義及び合目的性の理念という国際私法における条理に基づいて、これを決定すべきである。そして、(1)特許権は国ごとに出願及び登録を経て権利として認められるものであること、(2)特許権に関しては、前記のとおり属地主義の原則が採られ、各国の特許権の効力等は当該国の法律によって定められていること、(3)各国の特許権は、その発生、変動及び消滅に関して相互に独立であり、特許権自体の存立が他国の特許権の無効、消滅、存続期間等により影響を受けないとされていること(いわゆる「特許権独立の原則」。工業所有権の保護に関する一八八三年三月二〇日のパリ条約四条の二参照)に照らすと、特許権に基づく差止め及び廃棄請求に関しては、当該特許権が登録された国の法律を準拠法とすべきものと解するのが相当である。したがって、本件の差止め及び廃棄請求については、米国特許法が準拠法になるというべきである。

2(一)  ところで、米国特許法は、特許発明を権限なく実施する行為すなわち特許権を直接侵害する行為に関しては、これが米国内の行為に限られる旨を規定している(米国特許法二七一条(a)項)のに対し、特許権を侵害するよう他の者を積極的に教唆する行為(積極教唆)や、特許発明の主要な部分を構成する部品等で他に実質的な非侵害用途のないものを、それが特許権侵害行為に使われることを知って販売等する行為(寄与侵害)に関しては、地理的な限定を設けていない(同条(b)項及び(c)項)。したがって、米国内において直接侵害が行われる場合には、これに関する積極教唆及び寄与侵害が米国外で行われた場合でも、これらは特許権の間接侵害として責任を負うべきことになる(甲四、五、一五)。このように、米国特許法は、特許権の間接侵害について、同法の規定が米国の領域外の行為にも適用されるという域外適用を認めている。そうすると、本件において、被告の行為につき準拠法として米国特許法を適用すべきものであれば、右の域外適用の規定(以下「域外適用規定」という。)に基づいて被告に対し差止等を命じ得る余地があるということになる。

(二)  しかしながら、特許権に基づく差止め及び廃棄請求に関しては米国特許法を準拠法とするとしても、そのことから直ちに本件について米国特許法の域外適用規定を適用すべきものと結論付けることはできない。

すなわち、特許権を始めとする工業所有権については、特許付与や登録という方法により国家により与えられる独占権であることから、その成立、移転、効力等につき当該国の法律によって定められ、その効力は当該国の領域内においてのみ認められるという、いわゆる属地主義の原則が、我が国を含めて国際的に広く承認されている。右原則によれば、米国特許権の効力が及ぶ地理的範囲は米国の領域内に限られることになるから、他の者の我が国における行為が米国特許権を侵害するということはあり得ないはずである。そして、我が国の特許法においても、同法の規定を日本国外の行為に適用すべき旨を定めた規定は設けられておらず、我が国と他国との間で互いに相手国の特許権の効力を自国においても認めるべき旨を定めた条約も存在しない。そうすると、米国の領域外の行為についても米国特許法の規定を適用すべき旨を定めた域外適用規定は、我が国の特許制度の基本原則ないし基本理念と相いれないものというべきである。

したがって、米国特許法の域外適用規定を我が国の国内における行為に対して適用することは、我が国の法秩序の理念に反するものであるから、法例三三条により、これを適用しない。

(三)  このように解さないと、米国特許権の権利者は我が国の裁判所で米国特許権に基づく差止等を請求し得るのに対して、我が国の特許権の権利者は米国の裁判所で同様の救済を受けられないということになり、米国特許権の権利者に比べて、我が国の特許権の権利者を著しく不平等に扱うことになるが、このような結果は、我が国の法秩序に照らし、到底容認できない。

3  以上によれば、被告製品が本件米国特許発明の技術的範囲に含まれるかなどの点について判断するまでもなく、原告の差止め及び廃棄請求は、これを求める法令上の根拠を欠くことになるから、すべて理由がないというべきである。

二  争点2(米国特許権の侵害を理由とする損害賠償請求の可否)について

1  原告の請求は、被告の行為が原告の米国特許権を侵害することを理由に損害賠償を求めるものであり、原告の主張する被侵害法益は米国特許権であって、渉外的要素を含むものである。そこで、まず、その準拠法につき検討すると、特許権の侵害を理由とする損害賠償は特許権の効力と関連性を有するものではあるが、損害賠償請求を認めることは特許権特有の問題ではなく、あくまでも当該社会の法益保護を目的とするものであるから、不法行為の問題と性質決定し、法例一一条一項によるべきものと解するのが相当である。法例一一条一項においては、不法行為によって生ずる債権の成立及び効力はその原因たる事実の発生した地の法律によるものと規定されている。そして、原告が不法行為に当たると主張する被告の行為は、すべて日本国内の行為であるから、本件においては、日本法(民法七〇九条以下)を適用すべきものというべきである。

2  民法七〇九条においては、他人の権利を侵害したことが、不法行為に基づく損害賠償請求権の要件の一つとされているところ、本件においては、原告が被告の行為によって侵害されたと主張する権利は米国特許権である。我が国においては、外国特許権について、我が国の特許権と同様ないしこれに準ずる保護を与える法令上の規定は存在せず、かえって、前記のとおり、我が国においては属地主義の原則が妥当し、これによれば外国特許権の効力は当該国の領域内においてのみ認められ、日本国内にはその効力が及ばないのであるから、米国特許権は、我が国の不法行為法によって保護される権利には該当しない。したがって、米国特許権の侵害に当たる行為が我が国でされたとしても、右行為は日本法上不法行為たり得ないと解するのが相当である。

3  したがって、原告の損害賠償請求を認めることはできない。

三  なお、原告は、不法行為による損害賠償請求権が時効により消滅した部分については、予備的に、不当利得返還請求権を行使すると主張している。

原告の右予備的請求について、これを消滅時効以外の理由により不法行為による損害賠償請求が排斥される場合を含めて、広く、不当利得の返還を予備的に求めるものと解し得るとしても、右の不当利得返還請求の準拠法については、法例一一条一項により、特許権の侵害を理由とする損害賠償請求におけるのと同様、日本法(民法七〇三条以下)を適用すべきものというべきである。そして、前に判示したとおり、属地主義の原則により、米国特許権の効力が日本国内に及ばない以上、被告が我が国の国内における行為により法律上の原因なくして原告の財産又は労務により利益を得て原告に損失が生じたということもできないから、右予備的請求を認めることもできない。

四  以上によれば、その余の争点につき判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がないから、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官三村量一 裁判官長谷川浩二 裁判官中吉徹郎)

別紙物件目録一、二〈省略〉

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